May 10, 2011

海外旅行保険安心の旅を

海外旅行に行くときに準備することだとすると、まず、パスポートは必需品なので当然ですが、そのほかにも衣料品やお金など、多くのものがあります。そんな中、忘れがちなのが海外旅行保険です。小旅行はよく忘れがちな海外旅行保険だが、海外では、いつどのような問題に対応するか不明です。もし問題があった後、慌てても仕方がないので常に準備して海外旅行に出かけましょう。
会員制リゾートと、施設や設備を備えてただ行くだけで存分に楽​​しんだり、リラックスしたりすることができるイメージがあります。私の行ってみたい会員制リゾートは、リゾートならではのスポーツがたくさん遊ぶところです。例えば、ダイビングやパラグライダー、セーリングなどの自然とたわむれるようなスポーツをしたいと思います。
 東日本大震災の被災地は13日、震災後初めてのお盆を迎えた。都会で暮らす子や孫が集まった仮設住宅はにぎやかな声に包まれた一方、今なお解消されない避難所は訪れる人もまばらで、寂しい盆の入りとなった。震災後、初めて古里を訪ねた人たちは変わり果てた古里の光景に絶句し、うだるような暑さの中で静かに手を合わせた。

 実家を津波で流された宮城県南三陸町歌津出身の安井恵理さん(50)=相模原市=は夫と長男、長女の4人で帰省した。
 「狭い場所に大勢で押しかけて心苦しい」とも思ったが、両親と妹夫婦が暮らす同町の「平成の森」仮設住宅に泊まる。親類が集まって行う恒例のバーベキューを一家で楽しみにしている。
 宮城県気仙沼市で最多の126人の被災者が暮らす避難所の市総合体育館。ボランティアが出入りする程度で、ロビーは閑散としていた。
 仙台市に住む50代の女性が午後4時半ごろ、体育館に避難する母親のもとを訪れた。「宿泊する場所がなく、日帰りになるので、ゆっくりしている時間はない」。母親を車に乗せると、急いで市内の墓地へ向かった。
 1人でテレビを見ていた無職女性(54)の四男は20日ごろ東京から帰省するが、体育館には泊まらない。「避難所はプライバシーがないので、嫌がっている。友だちの家に泊まると聞いている」と寂しそうに話した。
 宮城県石巻市鹿又出身の大槻千香さん(47)=東京都北区=は震災後、初めて家族と日和山公園(標高60.4メートル)を訪れた。実家の被害は軽かったが、高齢の両親は精神的に大きなショックを受けた。
 娘の高校2年大槻華子さん(17)は震災後初めての石巻。「戦争の跡みたい。映像以上にひどい」と眼下に広がる光景に絶句した。
 震災当時の様子を説明していた観光ボランティアの元高校教諭、日野長介さん(65)は「震災で亡くなった10人近い教え子たちの葬儀に参列するのが一番つらい。今でも全てが夢であってくれたらと思う」と目頭を押さえた。この日、日和山公園には、被災した街の姿に、記憶の中の古里を探そうと訪れる人々が絶えなかった。

 宮城県南三陸町の会社員佐藤夏美さん(20)は、東日本大震災の津波で母の美紀さん(43)ら家族・親類4人を失った。南三陸町では13日、有志が町内の南三陸ホテル観洋で成人式を行った。「くよくよしてちゃ駄目。人生、笑った者勝ちよ」「人の役に立ちなさい」。初の盆。佐藤さんは生前の美紀さんの言葉を胸に、式に臨んだ。

 「成人式では振り袖をレンタルして一緒に写真撮ろうね」。母との約束はもうかなわない。「晴れ姿、お母さんに見せたかったな」。初盆に「しっかり弔ってあげたい」と思いながらも、まだ現実が信じられない。
 佐藤さんは今、町内の志津川高に立つ仮設住宅で暮らす。落ち込むと、自分に言い聞かせる。
 笑った者勝ち。つらくても、私も笑おう。
 町の成人式は毎年8月、お盆の帰省に合わせて実施されてきた。今年は震災で延期になった。
 「苦しいときこそ、みんなの顔が見たい」。ホテル観洋で働く斎藤しほさん(19)が、同級生に「成人式をしよう」と呼び掛けた。
 佐藤さんら15人が集まった。晴れ着代わりに、みんなで支援物資の浴衣を着た。佐藤さんは「こうして再び生きて会えるだけで奇跡」と感じた。
 3月11日―。佐藤さんは美紀さんが勤める菓子店を手伝っていた。午後2時46分、強烈な揺れ。2人で自宅に戻ると、父と祖父がいた。近所の叔父と叔母も逃げてきた。
 家の裏に足が不自由な高齢の女性が住む。佐藤さんと美紀さんは避難するよう説得したが、「家を守りたい」と言ってきかない。諦めて高台へと歩き始めたときだった。
 「津波だ!」。高台から悲鳴が聞こえた。家族や女性が気掛かりだったのか、母は突然きびすを返した。猛烈な勢いで迫る津波が見えた。「逃げてー」。叫ぶことしかできなかった。目の前で美紀さんと祖父、叔父、叔母が波にのまれた。
 佐藤さんも高台の福祉施設で津波に襲われた。九死に一生を得て、志津川高の避難所に身を寄せた。「人の役に立ちなさい」。美紀さんの教えを守り、避難所の世話役を務め、再会を信じた。
 母と叔父は遺体で見つかった。祖父と叔母は今も行方が分からない。
 初盆の成人式―。ホテルで避難生活を送る約60人や小学、高校時代の恩師がケーキと花束で祝福した。海と街をバックにみんなで写真を撮った。
 15人は誓いの言葉を述べた。「震災を乗り越えていく仲間として、町の復興と未来をつくり上げていくことが新成人の私たちの使命」
 就職で町を離れたり、2次避難したりして、15人のうち地元に残るのは3人だけになった。5人が家を失った。佐藤さんは言う。
 「仲間が戻れる町に復興できるよう、大人として責任を果たしたい」
 笑って。最後まで人を助けようとした母に負けないように。
(酒井原雄平)

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