Sep 05, 2009
教習所の様々なサービス
私が教習所に通って見てびっくりしたが、サービスの広いです。特に驚いたのサービスは、"心に講師を選定して、自分の専属講師にある"ということでした。逆に"自分が気に入らなかった講師が自分の担当しないように登録できる"というシステムもすごいと感じました。教習所の生徒のうち、実際に使用している人もいたようです。合宿免許のメリットは、やはり短期間で免許を取得することができること。普通の教習所に通う場合、予約を取ることができるか、他の自分のスケジュールと照らし合わせながらになってしまうからなんだかんだと半年近くゴルリゴたりするが、合宿免許は、あらかじめ期間が決まっているから、その集中して取得することができます。しかし、社会の人々はそのように会社を休むので、やはり学生の利用するのが一番だと思います
◇懐かしい旧海軍の味−−コーヒーや料理で“復活”
戦艦大和を生んだ海軍の街、広島県呉市の中心部にある商店街「れんが通り」。その名の通り、赤れんがを敷き詰めた通りは飲食店や洋服店、スーパーなどが軒を連ね、日々、多くの市民や観光客でにぎわう。
「『食べるところはどこ』と聞かれ、案内することが多いね」。呉観光ボランティアの会事務局長の福原実夫さん(75)は胸を張る。大和ミュージアムや旧海軍の史跡を回り、小腹の空いた観光客をれんが通りに案内するのがコースという。
「れんがは爆弾が落とされても燃え広がらない。海軍の拠点だった呉とれんがは切り離せないから、昭和40年代に当時の市長が『れんがの通りをつくろう』と提案したんだ」と福原さん。現在のれんが通りは、旧海軍の用地と道1本を隔てた近さ。戦後も海軍軍人が使った銭湯が多く残っていたという。呉の「食」を求めてれんが通りを歩くと、そこにはやはり海軍ゆかりのメニューがあった。
中通の交差点にぶつかると、「海軍さんの珈琲」の看板が目に入った。1959年創業の「昴珈琲店」。2代目・細野修平さん(43)の父親が、戦艦大和の元乗組員と「海軍軍人が戦地で飲んだコーヒーを再現しよう」と話し合い、試行錯誤の末にできた「海軍さんの珈琲」が看板メニューだ。パプアニューギニア産の「ニューギニアアラビカAA」を使用し、しつこくなく、すっきりした苦みが特徴。細野さんは「口コミで客が広がり商品化した。1950年代、『海軍』と付くものはこれ以外になかったのでは」。今では地元のファン、観光客の足が絶えない人気店だ。
交差点を過ぎてアーケード街に入り、約100メートル歩いたところで路地を右に曲がると、昔ながらの小さな食堂があった。1921年創業で、現在の店主、加納充訓さん(69)が3代目の「田舎洋食いせ屋」。加納さんが持ち出してきたのは、1938年発行の「海軍厨業管理教科書」。戦艦浅間のコック長だった加納さんの祖父(初代)が作っていた肉じゃがのレシピがあり、現在まで「海軍さんの肉じゃが」を受け継いでいる。大きめに切ったジャガイモ、タマネギ、糸こんにゃく、牛肉。醤油ベースのシンプルで懐かしい味付けから、当時の軍人の姿がよみがえる。
福原さんは「呉は空襲を受けた街。戦争や海軍の歴史をしっかり学んだ上で、呉の食を楽しんでほしい」。若者向けのブティックやおしゃれなカフェが増えたれんが通り。海軍と呉の街の歴史に思いをはせ、懐かしい「食」を探してみてはいかがだろう。【星大樹】
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◆メモ
「れんが通り」は呉市中通にある商店街。ほぼ南北約780メートルの通りに、36万個のれんがが敷き詰められ、飲食店やスーパー、日用品店などが約130店舗ある。1978年、公募で通りの名称を決めた。夏休み期間の毎週土曜、歩行者天国となった通りで各商店が出店を出す「土曜夜市」、クリスマスをはさむ3日間、通り一帯をろうそくの光で飾る「クリスマスキャンドルナイト@くれ」などが催される。呉市観光振興課(0823・25・3309)。
4月12日朝刊
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東日本大震災の被災者支援ライブが10日、益田市駅前町の喫茶ギャラリー「ちいさなぎゃらりーうつわ」で開かれ、約20人が聴き入った。アマチュアバンド「クールミント」が企画。バンドリーダーで会社員の河上耕二さん(44)と、中学校長の安部良治さん(54)が被災地への思いを込めた「応援歌」を熱唱した。
河上さんは、震災当日、出張先の神奈川県で震度5強に遭遇。「ビルの床と壁にすき間ができ、外が見えた。人生観の変わるような経験だった」と振り返る。「それだけに震災は人ごととは思えない。何とか力になりたい」と語りかけた。
2人は、それぞれソロで、オリジナル曲のほか、財津和夫や尾崎豊の曲などをギターやキーボードで計13曲弾き語った。また、2人一緒に「くじけそうな時こそ、遠くを見るんだよ」と馬場俊英の「スタートライン」を演奏した。集まった約2万円は、日本赤十字社を通して、被災地に届ける。【上村里花】
4月12日朝刊
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