Jul 06, 2010
塾講師と1枚1数学
小学校5年生になって数学を理解することができなく、やる気がなくなって、今は親が教えることだけではダメだと思う学園に入れることにしました。平均よりも遅れていると思っていたので、塾講師と1枚を1学ぶことが学校に限ります。数学わからなくなって、今まで帰って繰り返し教えていただき、少しずつ自分が戻ってきたようです。塾講師のおかげだと思っています。家庭教師はプロの講師、またはアルバイトの大学生が基本です。プロは、価格も高いです。しかし、安心して子どもを預けることができます。学生の場合、合理的です。しかし、指導者には個人差があります。学生を雇用する場合、最低限のマナーがある服装や髪型、言葉遣いにも注意しましょう。また、家庭教師の先生の学歴もしておくと良いでしょう。
29日投開票された民主党代表選は野田佳彦財務相が新代表に選ばれ、一時は本命視された前原誠司前外相は2度目の代表にはなれなかった。世論調査で高支持率だったにもかかわらず前原氏が落選したことに、京都の民主党地方議員は「党員・サポーター票がなかったからだ」「外国人献金問題が響いた」とさまざまな敗因を挙げ、落胆の表情を見せた。京都の他党は「党内で人望がなかった」と突き放した。
「次回の代表選では地方の声が反映されるよう、党本部に申し上げていきたい」。京都市中京区の民主党府連事務所。前原氏の落選で重苦しい空気が漂うなか、会見した山本正幹事長は国会議員だけで決めた代表選に不快感を隠さなかった。出馬表明時は「本命」と目され、世論調査ではダントツのトップだった前原氏だが、結果は74票しか得票できず、決選投票にも進めなかった。
京都市左京区の前原事務所内では鈴木正穂京都市議も「党員・サポーター投票が行われていたら、代表は彼(前原氏)に決まっていた」と悔しさをにじませた。前原氏の敗北は、世論を反映する党員・サポーター投票が実施されなかったことが大きな要因とした。
中小路健吾府議は「外国人献金問題の影響は否定できない。『前原代表ならば支持率が高いうちに解散総選挙に踏み切る』との見立てが流れたのも痛かった」と指摘し、「代表選での約束通り、野田氏は挙党一致できる人事を行うべきだ」と注文をつけた。
前原氏は当初、野田氏支持を検討しながら自ら立候補した。この姿勢の転換について民主府議の一人が言及し、「野田氏の立候補を後押しした党内主流派にしてみれば、後から立候補した前原氏には心情的に乗れなかったのだろう」と敗因の一つに挙げた。
今回の町長選の投票率は39・51%で過去最低となった。8月最後の日曜日だったことや、製造業が節電で土日に操業している影響も考えられるが、期日前投票は前回町長選の1・5倍と好調だった。初当選の木村俊雄さんは保守系町議の支援を受け、現職の山上貞夫さんは民主党県連と連合神奈川の推薦を受けるなど双方とも基礎票を固めたが、低投票率は、それ以上の支持の広がりが、ともになかった表れといえる。
新人の木村さんが当選した要因の一つには、山上さんの1期4年間で行われた緊縮財政に対する町民の評価がある。製造業が多い同町はリーマン・ショック後に税収が落ち、2010年度の予算編成は各部局で一般財源額の約25%カットを指示。予算削減に伴う行政サービスへの影響について住民説明会も開き、理解を求めた。
しかし、選挙中、緊縮財政に伴って減便されたコミュニティーバスや建て替え費用を工面できずに休館した公民館について町民から不満の声も漏れた。
「民間の発想で行政改革を」とトップダウン型で町政を担った山上さんに対し、木村さんは選挙で「町民の声を聞く」とボトムアップ型を強調してきた。
初当選した木村さんは、厳しい財政下でのかじ取りを担う町政の具体策に加え、低投票率を踏まえて、自身が掲げた「町民参加」を着実に実現してもらいたい。
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京都市東山区の高台寺に残る厨子(ずし)や調度品に施された「高台寺蒔絵(まきえ)」の制作技法の一部と意匠を用いた屏風(びょうぶ)2隻が完成し、29日に中京区の京都伝統工芸館でお披露目された。漆黒の背景に、金粉を加工して色に濃淡をつけた文様が浮かび上がり、安土桃山時代の華やかな装飾が再現された。
屏風は、1隻が縦1・5メートル、横1・4メートル。高台寺蒔絵を研究しているNPO法人「高台寺蒔絵技術等保存伝承会」代表理事で蒔絵師の下出祐太郎さん(56)が作った。
高台寺の霊屋(みたまや)と呼ばれる廟所(びょうしょ)で、豊臣秀吉像を納める厨子の扉の表裏に施された桐(きり)の紋やススキ、菊などの植物の意匠を、原寸大で屏風に転用した。針で引っかいて模様をつける「針描(か)き」など研究で分かった当時の技法をベースにした。
今後さらに28隻を作る計画で、桃山時代の蒔絵の輸出先だった欧州で展示し、蒔絵の再評価につなげる計画。20〜30代の弟子と屏風を作ったという下出さんは「桃山時代の技術を若い世代に受け継ぐことに大きな意義がある。研究結果は広く公開したい」と話す。
9月13日まで、中京区烏丸通三条上ルの京都伝統工芸館で展示する。無料。11月29日から来年3月まで英国の美術館に展示する。
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